父が亡くなったあと、母は急激に元気をなくしていきました。
葬儀中もそのあともずっと
「早くそっち(お父さんの方)に行きたい、私が先に死ねばよかった、死にたい」など
繰り返していてとても心配でした。

さみしくて認知症っぽい症状も出てきて
私の他に親戚などにも電話を頻繁にかけてしまい、
私が着信拒否にして下さいとお願いしたのに、ある親戚は電話に出続け
「みんなに多大な迷惑をかけている、○○さん(母)はもう一人では暮らせないよ」と
クレームを言ってきました。もう一人の親戚にまで電話をかけさせて。
そしてその親戚の人にせっつかれてショートステイを利用しました。
(ここで強引な親戚の人の意見に心折れてしまった事を後悔しています)

そこで2日ほど楽しく過ごしたのですが
3日目の夜、母は誰かから電話がかかってきていると思い込み、
ベッドから降りようとして転倒。
頭を打ち、入院となりました。
母の一人で暮らす力を信じようとケアマネさんと相談していた私としては
その親戚の人の強引なひと言からショートステイに入り、
このような事故が起きてしまった事をちょっとひきづっています。
それまでは電話をかける以外、家事も買い物もトイレも入浴も何でも一人で
こなせていたのですから。

まあショートステイの施設ではお友達と楽しく過ごしていましたし、
身体的拘束などはしないそうですから事故は起こりうるとあとから
専門家に聞いて今はだいぶ受け入れられるようになりましたが。

当時はショックで、父の事もひきづっていて
母の入院や手術の打ち合わせはすべて夫にお願いしてしまいました。
夫が冷静に聞いてくれて本当に助かりました。

11月2日に頭の血の塊を取る手術をして、手術自体は成功したのですが
その後意識レベルがだいぶ下がり、今現在も少々危険な状態が続いています。

ちなみに母の脳の海馬は認知症で見られるところの委縮がまったくなく
認知症っぽい症状はなぜおきたのかお医者さんも首をかしげていました。

昨日12日の14時ごろ、肺炎を起こしかけて呼吸困難になり、医者から電話で
万が一の時は延命治療をするかどうか確認されました。
私が結婚する前、まだ両親が元気な頃に「延命治療はしたくない」と意志を聞いて
いたのでそちらはお断りしました。

その後20時に当直の先生からだいぶ呼吸が乱れているという事で心配なので
一度来てほしいと言われ、夫と娘と三人で病院にかけつけました。

母は苦しそうでしたが私たちが声をかけると「あ~あ~」と意志のある声で
はっきりと返事をしてくれました。

何日か前に私だけお見舞いに行ったときは声も出さなったので
とても嬉しかったです。

その後、少し落ち着いたので帰ってきました。

そして今日13日主治医の先生から電話で病状説明がありました。
手術後から脳の状態は少しよくなっている。
しかし全体の体のレベルはあまりよくない、特に呼吸がおぼつかない。

これから母が快方にむかうのか、それともこのまま弱っていってしまうのか
五分五分だと言われました。

寿命や生命力にかかっていると。ある程度覚悟はしておいてくださいと
言われました。

寿命や生命力にかかっていると言われた時点であまり大きな希望は持てないような
気もするのですが、母は生命力のある方だと思うので頑張ってほしいと思います。

84歳、十分長寿ですが、まだ平均寿命まではいっていないですし、
いろいろ不安や葛藤もありますが、
それも全部受け入れておおらかに母の事を見守っていこうと思います。
病院にいれば事故等の心配は皆無ですし。
このへんは父の経験をふまえて少し余裕ができたような気がします。

なんにせよ、私も親を見送るそういう年になったのです。
これで親を送り、娘を育て上げたら
今度は私が弱って送られる番なのだなと考えると
なんだか人生ってなんだろうと少しむなしくもなりますが、
その人生の意味を探すためにこれからも
いろいろな事を悩みながら、泣きながら、時に笑いながら受け入れて
生きていこうと思います。


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# by go2donchan | 2017-11-13 17:55 | Trackback | Comments(0)

近況

10月2日にブログを更新してから目まぐるしく状況が変わりました。

ご報告が遅くなりましたが、父は10月12日(木)18時55分に天国に旅立ちました。
88歳でした。

最初に埼玉医大に搬送されましたが、高齢でがんの状況も思わしくなかったため
積極的な治療はせず、10月6日に緩和ケアの病院に転院しました。
そちらで痛みや身体の状態を整え、ある程度落ち着いたら、
療養付きの施設にお世話になる予定でした。

しかし、9日の夜に体調が急変し、一度は落ち着いたのですが
結局12日に亡くなってしまいました。

余命は12月まで、うまくすれば春ごろまで持つかもしれないと
先生は話してくれていたのですが、寿命だったのでしょう。

とても残念ですが、転院する時もその前も父とふたりでたくさん話ができたので
そうでなくても、もともと父とはとても気が合っていたので
お互い理解しあえるところがあり後悔なく見送る事ができました。

明るくて人に迷惑をかけないようにいつも気を配っていた父、
娘がいうのも何ですが、人望があり、子どもから同年代の人まで皆に好かれていました。
お葬式の時も皆さん父の話をたくさんしてくださり嬉しかったです。

父の生き方を見習って、難しいかもしれませんが生きていきたいです。

父はずっとこれからも私達家族を見守ってくれていると思います。



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# by go2donchan | 2017-11-13 17:08 | Trackback | Comments(0)

空白の一年間の出来事

気を張ったり、悲しんだりしていたせいか情緒が不安定でしたが
ブログに両親の事を書いたら少し気持ちが落ち着いてきました。

楽しい事もあったのです。
楽しく過ごしているうちに両親は具合が悪くなっていったのですが。。。

別に知りたくねーよって感じかもしれませんが順に書いておきます。記録用。

2016年8月 ドラマの企画書の話、見ていてくれたプロデューサーの方が
      そのドラマを降りた為、企画会議もなくなる。チーン。
      もとより夜子供を預けたりと負担も多く、実になる当てもなく
      やめようと思っていたのでよかったのかも。
      シナリオの世界は魑魅魍魎という事がよくわかり、完全撤退を決意。
      そして新たなやりがい(仕事)を探す。

2016年9月 かねてから「(娘より)小さい子どもとふれあいたい」と願うようになり、
      見事?幼児教育の講師に採用される。週三回の勤務。パート。

2016年10月 8日 娘8歳の誕生日。ディズニーシーで一泊。
       30日 お友達を5人呼んで家でハロウィンパーティ。
       
2016年11月 娘の小学校で秋のお楽しみ会。トイストーリー2を見て
       そのあと、学校で肝試し大会。最後に豚汁とおむすびの夕食。

2016年12月 クリスマスパーティ。プレゼントは自転車。キルフェボンのケーキ。

2017年1月  大森美香さんの講演会へ。あさがきた制作秘話など。

2017年2月  12日 ケラリーノ・サンドロヴィッチさん舞台『陥没』観劇。
       15日 小学校のPTA総会の議長に指名される。緊張した!

2017年3月 29日~ ハワイ旅行。娘二回目のハワイ。

2017年4月 幼児教室 講師 研修明け試験(ロープレ)三回目で合格。
      晴れて正?講師へ

2017年5月 はとバスツアー、キャンプ、娘運動会。三年連続リレー選手に選ばれるが
      バトンゾーンをオーバーして失格。

2017年6月 29日 映画『帝一の國』にドはまりし、3回目鑑賞。

2017年7月 顔のシミを取る為MIPL初挑戦。その後三回あててだいぶ薄くなった。

2017年8月 6日  長塚圭史さん演出、藤原竜也さん主演舞台『プレーヤーズ』観劇。
      19日~ 日本一の星空『ヘブンスそのはら』へ旅行。星がきれいだった!

とこんな感じでとても楽しく充実した毎日でした。

九月からとは大違い。。。

でもこう書いてまた少し元気出ました。

ブログにはセラピー効果があるのかもしれません。

どーでもいい事長々失礼しました。。。





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# by go2donchan | 2017-10-02 05:10 | Trackback | Comments(6)