もうすぐ平昌オリンピックですね!
私はやっぱりフィギュアスケートが好き。

羽生くんが二大会連続金メダル取れるか気になるところですね。

トリノでの荒川さんの金メダルもそれはそれは感激したけど

私の生涯ナンバーワンはやっぱりアルベールビルオリンピックで
銀メダルを獲得した伊藤みどりさんの演技ですね。

2010年に熱すぎる記事(忘れられないアルベールビル大会)をあげたので詳細は省きますが
その時貼った動画がもう見られないのでまた改めて貼っておきます。

https://youtu.be/xBirfmvidEE

オリンピックでの女子史上初のトリプルアクセル!
日本フィギュア史上初のメダル獲得!


涙なしではみられません。

日本中の人に見てほしい、そして後世まで伝えていきたい。

みどりグレイト!



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# by go2donchan | 2018-01-18 17:31 | Trackback | Comments(0)

またまた久しぶりの更新です。
今年もよろしくお願い申しあげます。

新年早々悲しいご報告です。
頭を打って入院していた母ですが、前回のブログ更新の翌日
14日の朝10時22分、亡くなってしまいました。
12日は深夜夫と娘とお見舞いに行き
14日は早朝からずっとそばについて母を看取りました。

とても悲しかったです。。。母が亡くなる時、父がベッドサイドにいたような気がしました。
父が亡くなってからずっと「早く私もそっち(天国)に行きたい」と言っていたので
父が迎えにきたのでしょうか?
わかりませんが、父と一緒に納骨もすることができ、きっと母は喜んでいると
思っています。

なんとか葬儀や後処理をすませ、元気にふるまっていたつもりですが
両親を短い期間に亡くしたダメージは思っていた以上に大きかったです。

夫にもずいぶん支えてもらったのですが、やはり辛かったです。

12月は精神的にもだいぶ落ち込み体調を崩して病院にも通い
昨年9月から始めた教育関係の仕事も辞めてしまいました。
残念ですが仕方がなかったと思います。
職場のみなさんが「元気になったらまた一緒に働こう」と言って下さったのが救いです。

今はゆっくりと静養しています。本当にゆっくりしています。102.png

だいたいの事は整理がつきましたが、親が住んでいたマンションが残りました。
本当はずっと置いておきたい気もしたのですが
いつまでも誰も住んでいないマンションを置いておくのは父母にとって
現世に未練を残すからよくないと何かで読んだので(珍しくスピリチュアル系の本を
読んでいました)売りに出すことにしました。
まずは遺品整理、その後マンションの管理会社さんが長谷工さんなので
そのまま買い取ってもらう予定です。
今日も川越に行って遺品整理の見積もりしてもらいました。
そのあとお墓参りにも行ってきました。

マンションの事が済んだらだいぶ落ち着いてくると思います。

いつまでもくよくよしていたら父母に心配をかけるので
少しずつ前を向いていけるようにしたいと思います。
まだまだ悲しいですが。アップダウンが激しいです。

ところで。。。
最近田原俊彦さんの曲ばかり聞いています。

トシちゃんが人気絶頂だったのは私が高校生の時。
あの頃は悩みもなく、まああったのかもしれませんが
両親もまだまだ元気だったし
友人と一緒にトシちゃんにキャーキャー言っていて本当無邪気でしたね。。。
まぶしい?青春を懐かしんでしまいます。

その友人も27歳の時亡くなってしまって
またお墓参りに行きたいなとトシちゃんを聞くと思います。
時は経ち、いろいろな事がありました。
私もババアになりました。

救いは今もトシちゃんが元気でいる事かな。

今年もよろしくお願いいたします。






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# by go2donchan | 2018-01-18 17:02 | Trackback | Comments(0)

父が亡くなったあと、母は急激に元気をなくしていきました。
葬儀中もそのあともずっと
「早くそっち(お父さんの方)に行きたい、私が先に死ねばよかった、死にたい」など
繰り返していてとても心配でした。

さみしくて認知症っぽい症状も出てきて
私の他に親戚などにも電話を頻繁にかけてしまい、
私が着信拒否にして下さいとお願いしたのに、ある親戚は電話に出続け
「みんなに多大な迷惑をかけている、○○さん(母)はもう一人では暮らせないよ」と
クレームを言ってきました。もう一人の親戚にまで電話をかけさせて。
そしてその親戚の人にせっつかれてショートステイを利用しました。
(ここで強引な親戚の人の意見に心折れてしまった事を後悔しています)

そこで2日ほど楽しく過ごしたのですが
3日目の夜、母は誰かから電話がかかってきていると思い込み、
ベッドから降りようとして転倒。
頭を打ち、入院となりました。
母の一人で暮らす力を信じようとケアマネさんと相談していた私としては
その親戚の人の強引なひと言からショートステイに入り、
このような事故が起きてしまった事をちょっとひきづっています。
それまでは電話をかける以外、家事も買い物もトイレも入浴も何でも一人で
こなせていたのですから。

まあショートステイの施設ではお友達と楽しく過ごしていましたし、
身体的拘束などはしないそうですから事故は起こりうるとあとから
専門家に聞いて今はだいぶ受け入れられるようになりましたが。

当時はショックで、父の事もひきづっていて
母の入院や手術の打ち合わせはすべて夫にお願いしてしまいました。
夫が冷静に聞いてくれて本当に助かりました。

11月2日に頭の血の塊を取る手術をして、手術自体は成功したのですが
その後意識レベルがだいぶ下がり、今現在も少々危険な状態が続いています。

ちなみに母の脳の海馬は認知症で見られるところの委縮がまったくなく
認知症っぽい症状はなぜおきたのかお医者さんも首をかしげていました。

昨日12日の14時ごろ、肺炎を起こしかけて呼吸困難になり、医者から電話で
万が一の時は延命治療をするかどうか確認されました。
私が結婚する前、まだ両親が元気な頃に「延命治療はしたくない」と意志を聞いて
いたのでそちらはお断りしました。

その後20時に当直の先生からだいぶ呼吸が乱れているという事で心配なので
一度来てほしいと言われ、夫と娘と三人で病院にかけつけました。

母は苦しそうでしたが私たちが声をかけると「あ~あ~」と意志のある声で
はっきりと返事をしてくれました。

何日か前に私だけお見舞いに行ったときは声も出さなったので
とても嬉しかったです。

その後、少し落ち着いたので帰ってきました。

そして今日13日主治医の先生から電話で病状説明がありました。
手術後から脳の状態は少しよくなっている。
しかし全体の体のレベルはあまりよくない、特に呼吸がおぼつかない。

これから母が快方にむかうのか、それともこのまま弱っていってしまうのか
五分五分だと言われました。

寿命や生命力にかかっていると。ある程度覚悟はしておいてくださいと
言われました。

寿命や生命力にかかっていると言われた時点であまり大きな希望は持てないような
気もするのですが、母は生命力のある方だと思うので頑張ってほしいと思います。

84歳、十分長寿ですが、まだ平均寿命まではいっていないですし、
いろいろ不安や葛藤もありますが、
それも全部受け入れておおらかに母の事を見守っていこうと思います。
病院にいれば事故等の心配は皆無ですし。
このへんは父の経験をふまえて少し余裕ができたような気がします。

なんにせよ、私も親を見送るそういう年になったのです。
これで親を送り、娘を育て上げたら
今度は私が弱って送られる番なのだなと考えると
なんだか人生ってなんだろうと少しむなしくもなりますが、
その人生の意味を探すためにこれからも
いろいろな事を悩みながら、泣きながら、時に笑いながら受け入れて
生きていこうと思います。


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# by go2donchan | 2017-11-13 17:55 | Trackback | Comments(4)